
飛騨の聖地、位山(くらいやま)
先日の飛騨高山でのZEROマインドワークショップの次の日は、水無神社の奥宮である、飛騨の霊山、位山(くらいやま)に参拝してきました。
全国的には、あまり聞いたことのない山かもしれませんが、岐阜や飛騨の人にとっては、本当に聖地中の聖地です。
私も、過去2回、位山に参拝させてもらっていて、そのうち1回は、
位山での儀式で舞を高山の皆さんと一緒に奉納させていただいた、とても思い入れのある場所です。
しかも、今回は私の初めてのZEROワークショップの次の日でもあり、
後で教えてもらったのですが、
マヤ暦に影響を受けている13の月の暦では、ワークショップの日であった7月25日が「時間を外した日」で、
位山に参拝した26日が「新年」だったそうです!
(なぜ、位山参拝が13の月の暦の新年と重なったことに驚いたかというと、
元となった古代マヤ文明と位山に同時代の可能性という関係があったからなのですが、それは後程)
スピリチュアルな情報は他の方に任せて、
私は探究の過程を書こうと思っているのですが、
岐阜や位山には深い縁があるんだなと、改めて今回感じたので、
なかなか訪れるのが難しい場所ではありますが、
これから縁が生まれてくる方に、位山について私が感じたことを書いてみたいと思います。
位山の伝承
令和の時代の始まりはまだ記憶に新しいと思います。
2019年10月22日、新しく天皇陛下による即位礼正殿の儀が執り行われました。
私もリアルタイムで映像を見ていて、
このような儀式は、昔は一般市民には決して見ることができなかっただろう事がわかるほどの厳かさに感動する儀式でした。
(なんと、いまでもyoutubeで全て見れます!)
見ていた人はまだ記憶にあると思いますが、
その天皇陛下が手に持たれていた笏(しゃく)という木が、
平安時代から、
なんとこの位山のいちいの木で作られ続けています。
(こちらが今回の笏の記事⇒https://www.shinrinbunka.com/news/pickup/21466.html)

では、天皇陛下の即位儀式という日本にとって最重要の儀式に、なぜ位山の木を使っているのか?
そこには、日本の興味深い歴史が垣間見えると思います。
古代飛騨文明
飛騨地方には、
「神武天皇が位山に登山した時に、身一つにして面二つ、手足四本の姿をした〈両面宿儺(りょうめんすくな)〉が天から降臨し、
天皇の位を授けたので、この山を位山と呼ぶようになった」という地域伝承が残っています。
(両面宿儺(りょうめんすくな)は、日本書紀では悪者のように書かれていますが、飛騨の数々の民話ではヒーローです↓↓↓)

また、ホツマツタヱという古代文字による古代古伝には、
「アマテル神を取り上げる際に、胞衣(えな)を割くのに、位山の一位の笏が用いられ、この笏を持つ者は神の末裔となった。」とも書かれているようです。
また竹内文書にも位山の言われがあったり、
日本の古事記以前の歴史を研究していた作家の坂口安吾や、日本のピラミッドを研究した酒井勝軍の言葉にも、日本にとっての飛騨の本当の重要性を話していた記録が残っています。
(詳しい情報は、読ませていただいたとても詳しい参考文献(http://mysteryspot.org/report/hida/hida.htm)をご参照ください。)
これらのことから、「天皇陛下の即位儀式という日本にとって最重要の儀式に、なぜ位山の木を使っているのか?」、には、
神武天皇以前に、
この位山を聖地として日本をまとめていた「古代飛騨文明」「古代飛騨国」が存在していたことがあるように思います。
つまり、いまの天皇家以上の力を持った勢力がいたから位を授けることができ、それが飛騨地方にあったのでは、ということです。
そして、その文明は、位山の残された史跡から、古代文字や巨石信仰により宇宙と繋がる人たちだったと感じます。
位山に登ると、何故か懐かしい感じがするのですが、それはこの「古代飛騨文明」のエネルギーのようにも思います。








私は、磐座がとても好きで(好きというか地球での生き方を教えてくれるようです)、
位山には、数々の磐座があるのですが、その一番神聖な場所に、天の岩戸と名付けられた磐座があります。
この磐座は、皇祖岩(スメラノオヤイワ)とも言われていて、ヒルメムチ(天照大神)もここに葬られた、と伝わっているようです。
伝承ではなく事実として興味深いのは、この磐座には、なんと約4000年前の古代文字(ペトログラフ)が書かれていて、
「ミズ」という文字と「イル、ガ、カ」という文字で祈るという意味が書かれています。
(都竹 昭雄著 飛騨の霊峰 位山より)
つまり、約4000年前にはこの場所に文字を持つ古代文明が確かにあったということです。
このことは、初めに書いた、古代マヤ文明と共通するところがあり、古代マヤ文明も今から約4000年前から存在していました。
古代飛騨文明と古代マヤ文明には、巨石やピラミッド形式など、人間と宇宙との関係に共通点となるものがあり、「マヤ暦に影響を受けてつくられている13の月の暦」の新年に偶然参拝できたことは、間接的にですが、二つの文明に共通する宇宙のタイミングに導いていただけたように思ってとても驚きました。
(※13の月の暦はあくまでマヤ暦の影響を受けて作られた暦なので、本来のマヤ暦の新年とはカレンダーとして違いがあります。詳しくは⇒https://izumiutamaro.hatenablog.com/entry/2017/12/05/091313)
位山とアルナーチャラ山に共通するもの
僕自身、磐座などの巨石信仰に触れていると、マインドがゼロに還っていく自然瞑想のような感覚があります。
つまり、それは自分の意識が、本来の意識(故郷)に還っていく作用なのだと思います。
(天の岩戸の磐座の前にある瞑想場所↓↓↓)

位山の天の岩戸の磐座は、本当に瞑想磁場で、何時間でも居たくなる場所です。
昔、舞の活動の時に訪れた時の位山は、自分のエネルギーの方向性よりも、少し強いなとも感じていたのですが、
ZEROマインドという自分自身の活動を始めてからの位山には、
お互いのエネルギーのベクトルが重なったように感じていて、
自分の内側にあるものが位山にもあるように感じました。
それは、もしかしたら、これだけ岐阜や飛騨に縁があるので、私の内側に「古代飛騨文明」の記憶もあるのかもしれません。
古事記以前の日本の歴史のほうに、何故か惹かれる自分がいて、
そちらには、信仰だけではなく、深い探究や瞑想があったと思っています。
そして、この信仰と瞑想がどこから来たのかも、位山には表現されているようで、
天の岩戸の磐座から先に向かって頂上に行くと、
一気に「無」のようなエネルギーに変化していきます。
今までの世界がドラマだったかのように、気温も風景も世界も変わっていきます。
植物も急に種類が変わり、風の強さが変わり、音も雑味がなくなっていくようです。
この感覚は、インドの聖者ラマナ・マハルシが生涯過ごした、アルナーチャラ山に登った時と同じ感覚でした。
世界が「無」に還っていくような。
アルナーチャラは、シヴァのハートとも呼ばれている聖地ですが、この位山も古代飛騨のハート部分なのかもしれません。
(シヴァのハート・アルナーチャラ山↓↓↓)

どちらも、信仰だけではなく探究がかみ合わさった場所で、
この信仰と探究のバランスが、自分の意識の故郷に還っていく大事なポイントだなと思っています。
もしこの文章を読んで、位山に興味がある人は、位山にひかれているだけではなく、古代飛騨文明の記憶もあるのかもしれません。(^^)
そんな方は、ぜひ一度、位山に参拝してみていただけたらと思っています。
私も、磐座やペトログラフ、日本のピラミッドなどは興味があるので、また他の場所に行けた時はシェアーできればと思っています。
(この古代飛騨文明には、古代出雲文明とのストーリーがあるようですが、詳しくはこちらの方のブログを参照ください。
⇒http://mysteryspot.org/report/hida/hida.htm)
〈位山参拝を終えると、なんと日抱岩(ひだきいわ)という磐座から、カモシカが私の帰りを見送っていただけました!
飛騨の由来はこの日抱(ひだき)という言葉から来ている話があり、そんな日抱岩で、偶然に出会えたのも、古代飛騨文明からの導きのように思います。〉








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