インドの聖者、ラヒリ・マハサヤのプレゼンス(存在)

いきなりですが、アップルのスティーブ・ジョブズが生前、
自身のiPadに唯一ダウンロードしていた本を知っていますか?

彼がiPadで毎年読み直していた愛読書。

それは、パラマハンサ・ヨガナンダの書いた「あるヨギの自叙伝」という本です。



かなり分厚い本ですが、ヨガを欧米に伝えたヨガナンダの自叙伝でもあり、
実在した数々のインドの聖者についても書かれている、霊性の可能性に満ちたバイブルのような本です。


その神秘に満ちた内容に、私も夢中で読んだのを覚えています。

そして、この本の中にでてくる一人の聖者の写真に、自分の師を思い出したかのような、涙が出るくらい心が幸せになった人が出てきました。

それは、ラヒリ・マハサヤという聖者です。



私たちの常識はしっかり教育されているので、今の常識を正しいと思って聞かないようにしていただきたいのですが、
ラヒリ・マハサヤは写真が嫌いで、写真を撮ろうとしても、自らの身体を消してしまうそうです。


ですので、残された写真がほぼないのですが、
唯一残された写真が「あるヨギの自叙伝」に掲載されていて、
このラヒリ・マハサヤの姿を見た瞬間、「どうにかしてこの方に会いたい!!」と、とても思ったのを覚えています。



肉体では会えなくても、ラヒリ・マハサヤのエネルギーに触れたいと願っていた私は、
2019年12月に夫婦でインドに行ったときに、
なんと!!
このラヒリ・マハサヤの残された家にたどり着くことができました。


9月26日は、ラヒリ・マハサヤ大師が意識的に肉体の衣を脱がれた日で、9月30日はラヒリ・マハサヤ大師の誕生日になります。



そんな、ラヒリ・マハサヤの祝祭に、少し、このラヒリ・マハサヤの家にたどり着いた時のことを書いてみたいと思います。






ラヒリ・マハサヤの詳しい生涯については、
ぜひヨガナンダの霊性の深みで満たされた「あるヨギの自叙伝」を読んでいただきたいのですが、

簡単に経歴を言うと、1828年生まれの方で、
西暦203年からヒマラヤで隠棲している不老不死の聖者、マハー・アバター・ババジからクリヤーヨガを伝承され、
クリヤーヨガを再び地球に復活させたという方です。

              ( マハー・アバター・ババジ )


ラヒリ・マハサヤは、普通に仕事をする一般の家庭人でありながらも、偉大なヨギとなられた特殊な方で、
ババジから、昔のように出家するヨギではなく、新しい時代にあったヨギの姿を体現するために、
家庭人であったラヒリ・マハサヤにクリヤーヨガを伝授されたということです。
(クリヤーヨガやババジについての詳細は、ぜひ本で)




ラヒリ・マハサヤの家は、その新たなヨギの姿の通り、
寺院やアシュラムに住むのではなく、
亡骸をガンジス川に流す聖地で有名なヴァラナシの、
とんでもなくごちゃごちゃした住宅街の中に、とんでもなくひっそりと小さく残っています。



今はもう誰も住んでいないのですが、
本当に普通の住宅街にあり、
ましてや、観光化されてもいないので、
今では、誰もそんな偉大な聖者がここにいたことを知る術はないと思います。



私も、ラヒリ・マハサヤがヴァラナシで生涯を過ごした事だけしか手掛かりはなく、
その家の場所はネットでも載っていないので、
とりあえず行ってみるしかないという感じでした。







ヴァラナシに夫婦で着いた時、妻は初のインドでの様々な経験で、すでに体力と精神が限界に来ていました。




毎日のカレーにも体と精神がやられていたので、予定していた宿を止めて、
宿主の奥さんが日本人で、奥さんの手作りの日本食が食べれる〈サンディヤ・ゲストハウス〉を見つけ、二人で駆け込むように向かいました。


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この〈サンディヤ・ゲストハウス〉と奥さんの手料理のお陰で、妻も私も本当に癒され、ヴァラナシではずっとこの宿に滞在していました。



そんな〈サンディヤ・ゲストハウス〉での夜は、
いつものように奥さんの手料理を食べながら、
宿主である旦那さんと話しをするのが日課になっていました。



インド人である旦那さんは、スピリチュアルな話も多く、
同じくヴァラナシの聖者であるアーナンダマイー・マーや、
海外の人には知られていないヴァラナシの聖者の話をいろいろ聞かせていただいていました。


「普通の海外からの観光客は、こんな話をしてこないよ」と言って、旦那さんも喜んで話してくれているようでした。



そんな話を聞いている内に、
これはラヒリ・マハサヤの家に行けるための出会いなのでは!?と思い、

「実は、私はラヒリ・マハサヤの家を訪ねるためにヴァラナシに来たのですが、もしかしてラヒリ・マハサヤの家を知っていますか?」と尋ねてみました。




すると、「もちろん知っているよ!行きたいなら案内するよ!」と言ってくれて、

なんと、妻が体調を崩したのがきっかけとなり、
私達はラヒリ・マハサヤの家に無事に導いてもらうことができたのです。





ラヒリ・マハサヤが生涯を過ごした家、
そこは、今でもラヒリ・マハサヤのプレゼンス(存在)が確かに残っていました。

この小さな家に、かつては多くの探究者が教えを請うために集まっていて、
私も、玄関の前に着いた時、
タイムスリップしてその一人になったかのような時間が流れ出しました。



玄関にある取っ手が自然と目に入り、その取っ手を右手で掴みました。



すると、鉄であるはずの取っ手からラヒリ・マハサヤの手の感触が感じられ、
自分の内側から喜びが溢れてきて、
しばらくの間、取っ手の中に残されたラヒリ・マハサヤの手と繋ぎ続けていました。



時代は違いますが、
当時の多くの探究者がインド中からここにやって来たように、
私も日本という遠い場所から、
長い旅の果てにようやくお会いできたという実感が、
その取っ手の中にあるラヒリ・マハサヤの手の感触から感じられました。



探究者を優しく迎え入れるラヒリ・マハサヤの手の感触によって、
涙がこみあげてくるような至福に満たされた時、
「私たちが感じている内的世界は、時間や空間という制約を確かに超えている」
ということを直接教えられたような気がしました。



1895年9月26日、肉体を離れたラヒリ・マハサヤは、
ラヒリ・マハサヤを訪ねてくる人々の内的世界に、
プレゼンス(存在)として今も交流し続けていると思います。



もし、ラヒリ・マハサヤに何かを感じる方は、
過去の多くの探究者と同じように、
ぜひヴァラナシのラヒリ・マハサヤの家を訪ねてみてほしいと思います。



その玄関の取っ手には、探究者を優しく招き入れるようにラヒリ・マハサヤのプレゼンス(存在)が時間を超えて今も変わらず残されていると感じます。



ラヒリ・マハサヤの誕生日である9月30日は、
そんなラヒリ・マハサヤ大師のプレゼンス(存在)に意識をむけて過ごす日にしたいと思います。




「偉大なるラヒリ・マハサヤ大師の翼の下から逃げ出した弟子は、一人もいなかった」
~ラヒリ・マハサヤの弟子であるスリ・ユクテスワの言葉~

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